本社移転の新潮流:ポストコロナ時代の戦略と成功事例

コロナ禍をきっかけに従来の働き方やオフィスのあり方が見直され、本社や本社機能を移転する企業が増えました。特に注目を集めているのが、首都圏から地方への本社移転です。

本記事では、ポストコロナ時代の本社移転のトレンドについて、本社移転の成功事例やメリット・デメリットも交えて解説します。

本社移転の背景と現状

近年、大都市、特に東京への一極集中が見直されるようになり、本社機能の地方移転が活発化しました。その要因として、コロナ禍におけるワークスタイルの変化などが挙げられます。

コロナ禍によるワークスタイルの変化

コロナ禍でリモートワークが一般的になり、会社への「出社」が当たり前ではなくなったことで、オフィスの縮小や移転を実施する企業が増えました。中でも注目されるようになったのが、兵庫県淡路島に本社機能を移転したパソナグループをはじめとする、首都圏から地方への本社移転です。

本社の地方移転が加速した要因として、リモートワークが普及したことで、より柔軟に移転先を検討できるようになったことが挙げられます。必ずしも出社が前提でなくなれば、従業員の通勤利便性を考慮することなく、より賃料の安い地方を含めて移転先を検討することができます。

人やモノの集まる東京一極集中がある種の「リスク」と認識されるようになったことや、オンライン会議の普及で、オンラインで取引先との打ち合わせができるようになったことも本社の地方移転を後押ししました。

2021年の本社移転動向

株式会社帝国データバンクの「首都圏・本社移転動向調査(2021年)」によると、首都圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)から地方へ、本社または本社機能を移転した企業は351社、前年から2割超の大幅増加となったそうです。転出企業が300社を超えるのは2002年以来19年ぶりで、これまで最多だった1994年の328社を大幅に上回り、過去最多を更新しました。

リモートワークやオンライン会議の普及により、首都圏にオフィスを置く必要性が薄れたこと、あるいはコロナ禍で業績が悪化し、コスト削減の必要に迫られたりしたことなどから、地方への本社移転を選んだ企業が増えたと考えられます。

その後は首都圏回帰の傾向も見られますが、この頃から地方への移転という選択肢がとりやすくなった、検討されやすくなったことは間違いないでしょう。

本社移転のメリットと成功事例

本社移転にはどのようなメリットがあるのでしょうか。特に首都圏から地方への本社移転について、メリットと成功事例をあわせてご紹介します。

オフィス運営コストの削減

本社を地方に移転するメリットのひとつが、オフィス運営コストの削減です。首都圏に比べ、地方はオフィスや駐車場等の賃料が安いことから、地方に本社を移転することで、固定費の削減が期待できます。

また、移転先で新たに人材を採用する場合、首都圏で採用するよりも人件費を抑えられることも多いでしょう。政府が本社機能の地方分散を後押ししていることから、本社を地方に移転することで、税制優遇や補助金が受けられる場合もあります。

ワークライフバランスの向上

本社の地方移転に伴って社員が現地に移住する場合、それによって社員の生活環境やワークライフバランスが改善することもあります。首都圏で働いていると満員電車での長時間通勤を余儀なくされることも多いですが、家賃相場の安い地方に移住すると、職住近接で通勤時間が短縮しやすくなり、自由な時間が増える傾向にあります。

また、同じ予算でもより広い家に住めることが多いため、生活環境が改善したり、自然が身近にあることで心身のリフレッシュがしやすくなったりするケースもあります。

成功企業の事例紹介

地方に本社または本社機能を移転して成功した企業として、パソナグループやルピシアなどが挙げられます。

2020年9月に兵庫県淡路島への本社機能の一部移転を表明した人材派遣・紹介、教育などの事業を展開するパソナグループは、2024年5月までに東京の本社で働く社員の3分の2にあたる約1,200人が淡路島に転勤する体制を目指して環境整備を進めてきました。ひとり親支援やインターナショナルスクールの誘致など、子育て支援に力を入れたこともあって、2023年5月時点でUターンやIターン組を含む約1,050人が淡路島で働いており、「ストレスフリーな職場環境と自然豊かな住環境に満足している」と語る社員が多いといいます。パソナグループは島内でレストランやテーマパークなども展開しており、パソナグループの進出は淡路島のにぎわい創出にもつながっています。

お茶専門店を展開するルピシアは、2020年7月に東京から北海道ニセコ町に本店所在地を移転。ビール工場を新設してクラフトビールの製造を始めるなど、北海道の自然素材を生かしてお茶以外の食品や飲料の開発に注力しており、ニセコ町と協力しながら、お茶専門店から国際的な高級食品ブランドへの脱皮を進めています。

本社移転の課題と克服方法

成功事例が注目されがちな本社移転ですが、メリットもあれば当然デメリットもあります。本社移転を検討する際には、デメリットをよく理解したうえで、移転前から課題を克服するための取り組みを始めておくといいでしょう。

人材採用と社外コネクションの維持

本社移転における課題としてよく挙げられるのが、人材の採用です。人やモノが集まる首都圏は採用においても有利ですが、地方では首都圏よりも採用が難しくなる傾向にあります。特に、専門性が高い人材になればなるほど、地方で見つけるのは難しくなる可能性が高いでしょう。このような場合、本社の場所に縛られずに、日本中、世界中どこに住んでいても働ける体制を構築することが有効です。出社が必要な場合は、Uターン・Iターン支援を行ったり、社内で専門人材を育成したりと、長い目で見て採用・人材育成に取り組むことも大事になってきます。

また、本社移転によって既存の取引先やパートナーと物理的な距離ができてしまうからこそ、オンライン会議などで密にコミュニケーションを取り続けることも大切です。首都圏に比べて企業数の少ない地方では自治体のバックアップが得やすいため、自治体との協力体制を構築して、新たなコネクションの開拓に注力するのもいいでしょう。

移転費用と経済効果のバランス

本社移転は企業にとって一大プロジェクトであり、膨大な費用がかかります。移転費用の内訳は、新オフィスの敷金・礼金、初期家賃、仲介手数料、火災保険料、新オフィスの内装工事費用・ネットワーク工事費用、新オフィスの什器や家具の購入やリースにかかる費用、旧オフィスの原状回復費用、不用品の廃棄費用、引っ越し費用、行政手続きにかかる諸費用などで、従業員を転勤させる場合には、従業員の引っ越しや社宅・寮などの手配に伴う費用も発生します。

そのため、本社移転は短期的にはコスト増要因となりますが、移転に伴ってオフィスの規模を縮小する場合や、より賃料の安い場所に移転する場合などは、中長期的に見ればコスト削減が期待できます。

また、本社移転を機に、移転先のエリアの特色を生かした企業ブランディングや商品開発に取り組むことによって、売上アップにつながる可能性もあるでしょう。

移転に伴う初期費用は決して無視できないため、目先の収支だけでなく、中長期的な経済効果のシミュレーションも行ったうえで慎重に判断することが求められます。

まとめ - ポストコロナ時代の本社移転戦略

「本社をどこに構えるか」は企業にとって重要な戦略のひとつであり、本社移転によって新たなブランディングに成功している企業や、事業活動の幅を広げている企業もあります。

首都圏から地方への本社移転には、オフィス運営コスト削減などのメリットもあれば、専門人材の採用が難しくなるといったデメリットもあるのも事実です。本社移転は事業活動に大きな影響を与える可能性もあるため、移転後の営業活動や企業ブランディング、従業員の働き方まで見据えて、経営戦略の一環として判断することが大切です。